中国の今① ——中国テックの今、”スマホありき社会”の光と影

2015〜2018年に上海に駐在していた筆者。コロナ前にリアルタイムで体感した「テック大国・中国」。パンデミックを経た約10年後、上海・杭州・広州を再訪し、街が大きく変わっていることに驚かされました。このシリーズでは、デザイン・マーケティング・グローバルビジネスに携わる方々へのサジェスチョンとして、「今の中国」を3つのテーマに分けてお伝えします。
- 第1回:中国のテックの今 ← 本記事
- 第2回:中国の街とデザインの洗練化
- 第3回:中国のEV自動車
中国を10年ぶりに訪れて、最も体感として伝わってきたのは、社会全体が「スマートフォンを持っていることが前提」の社会設計が加速化されているという事実でした。
2010年代の中国は、リープフロッグ(一足飛び)現象によってモバイル決済・スーパーアプリ・無人スーパー・シェアサイクル・デリバリーアプリなどのテック産業が一気に普及し、日本や欧米からも視察団が来るほど注目されました。あれから約10年、コロナを経て、その先に何があったのか。上海・杭州・広州を巡りながら、マーケティング・クリエイティブの視点で整理してみます。
デリバリーボックスが”当たり前”になった街
10年前からフードデリバリー文化はすでに定着していましたが、配達スタッフが各フロアまで食べ物を届けてくれるのが一般的でした。それが今では、マンションやオフィスビルの1階に「デリバリーボックス」が設置されているのが標準となったようです。フードがボックスに届くとアプリへ通知が入り、受取人が1階に降りてQRコードを読み込めば無人で取り出せる。人々がより外に出なくなり、アプリ上で買い物や出前が完結する社会が実装されています。
↑個人経営の小さなコーヒーショップでも、朝一番からデリバリーアプリのスタッフが途切れなくやってきたり、薬局でも薬を詰めた袋が容易されデリバリースタッフがピックアップする光景が印象的。
さらに洗練化するモビリティ
中国は早くからDidiなどの配車アプリが盛んで、手を上げてタクシーを止めることは過去のものとなっています。また、中国でのGoogleMapの立ち位置である地図アプリ「高徳地図(Amap)」でも配車が可能で、からA地点からB地点までの配車すると複数社から相見積もりを取ることさえできます。
アプリでの配車は現金決済の面倒がなかったり、ぼったくりの心配がないだけでなく、「車内に嫌な臭いはありませんか」と確認するUIのように、より細かな乗客とタクシー側とコミュニケーションを図れ最適化ができるのはデジタルの強みを生かした好事例という事ができます。問題があればおそらくアプリ側からドライバーへの警告が行くようになっているのでしょう。東南アジアでGrabに乗った際も「もし、ドライバーとあまり会話をしたくなければこちらをタップ」というアナウンスが出たことを思い出します。
↑信号待ちをしている配車状況もリアルタイムで確認ができる考えられたUX。
↑乗車すると「車内に嫌な臭いはありませんか?」とアナウンスがあるUX
シェアサイクルも変化しています。10年前は運営会社が乱立し、カラフルな自転車が街にあふれ公害とやゆされるほどでしたが、現在は2〜3社に淘汰が進み、都市インフラとして完全に定着しました。日本のLOOPなどと違い基本的にどこにでも乗り捨てができる中国のシェアサイクルですが、歴史的地区など駐車禁止エリアが策定されており駐輪しようとするとアプリから警告が出るなどの改善も見られました。
↑街の風景の一部分になったシェアサイクル
「電話番号がないと生きられない」社会
今の中国では、中国の電話番号とWeChatまたはAlipayのアカウントがないと、日常生活のほぼあらゆる場面で詰まります。
例を挙げると、
- コインランドリーやコインロッカーはQRコードを読み取り、SMSでパスワードを取得し、Alipayで決済する仕組み。なので、中国のSMSが受信できない外国人旅行者は決済不能になる
- スタバなどのフリーWiFiも、電話番号のSMS認証が必要(ホテルも同様で難儀しました)
- 街の小さな飲食店でも、テーブルのQRコードからスマホでオーダーしてそのままAlipay/WeChatで決済
- Alibaba系の大手スーパー・盒马新鲜(HEMA)では、AlipayとHEMAアプリが必須。
↑Alipayの独自インターフェースの機器が設置されているキャッシャーも多く見かけた。
↑近未来的なAlibaba系の大手スーパー「盒马新鲜(HEMA)」の無人キャッシャー風景。
↑デジタル化はもちろん良い側面も多い。小銭の用意が必要ないのはもちろん、洗濯が完了したらスマホに通知が来るのはとても便利に感じた。
Alibaba、Tencentのスーパーアプリ経済圏がフィジカル空間に侵食し、アカウントを持たない人間が排除される社会設計になっているといっても過言ではありません。外国人旅行者でもAlipayやwechat payにクレジットカードを紐づけられるので必ず事前に準備しましょう。
“過剰デジタル化”への批判は中国国内からも
興味深いのは、この急速なデジタル化に対する懸念や批判が、中国人自身の間でも広がっていることです。
扫码疲劳(QRコード疲れ)、老年人困境(高齢者問題)、过度数字化(過剰デジタル化)といった言葉が生まれ、「なんでもアプリ」「会員登録地獄」「顔認証やりすぎ」へのうんざり感も少なからずあるようです。アパレル系の中国人の友人はまず「デジタル化による実店舗の景気悪化」を真っ先に話題にしていたのも印象的でした。
社会的な弊害も具体的に出ています。
- 高齢者・障害者の排除: スマホ操作が難しい人は病院の予約システムにアクセスできず、現金払いを拒否する店舗も多い。コロナ期には健康コードなしで地下鉄や商業施設に入れないという事態が起きました。
- 人と人との接触の減少: カフェで店員と交わす何気ない会話がなくなり、日常がどんどんドライになっていく。この変化が精神的な孤独感の醸成につながり、精神疾患の増加が懸念されます。特に単身世帯や高齢者にネガティブに働くのではという懸念を個人的に感じまました。
政府は「現金拒否禁止」「紙メニューの併用義務」「WeChat/Alipayへの高齢者向け簡易UIの搭載」などの是正措置を打ち出していますが、上海のような都市では若い店員が紙メニューや現金対応に戸惑う現実もあるようで、実態はなかなか変わっていないようです。
グローバルマーケターへの示唆
中国は「リープフロッグ(一段飛ばし)」でデジタル化したため、「スマホを持たない自由」という感覚が非常に薄い国です。徐々にデジタル化した西側諸国ではその自由への感度が高く、また個人情報の意識も高いです。この差はサービス設計やUXを考えるうえで大きな示唆を持っています。
アプリひとつでオーダーから決済まで完結するUXが”普通”になった中国のユーザーは、デジタル体験への要求水準が非常に高く、中国市場に入る際は、「スマホ前提の設計思想」を徹底的に前提に置く必要があります。
また、国産スーパーアプリと各種IT企業の躍進がいかにすさまじいか——便利さの追求が引き起こす包摂と排除の問題を含めて——中国のテック社会はその最前線の実験場です。テックやサービスのあり方を考える際の良くも悪くもリアルな参照点になっているので、ぜひAlipayとWechatpayをダウンロードして、旅をしてほしい。







